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アルコール依存症が分かるまでの道のり〜別居〜

別居を決断できた最終的な決め手は自分の気持ちに正直になったこと、自分の心はどう感じているかを大切にしたこと。

Qなぜ離婚しなかったのか?

A子供が父親を慕っていたから。

目次

・動けなかった1ヶ月

・別居を決意

動けなかった1ヶ月

急に実家に帰ってきた私と子供たち4人を両親は迎え入れてくれました。

事情を全て話し、DVがあったことや借金のことも受け入れてくれました。

何でもっと早く言わなかったのかなと拍子抜けしてしまいました。

辛いことを1人で抱え込まなくてよかったんだ。

実家に帰って1ヶ月は全く動けませんでした。

精神保健福祉士の先生からは

「動けなくて当然です、1年ぐらい休んでいてもいいくらい」といってもらい、無理せず休むことにしました。

借金はあるのに働けない、借金どうしよう、アル中の夫さえいなければこんなことにはならなかったのに。

世代間連鎖と言って、アルコール依存症を持つ両親のもとで育った子供は、同じようにアルコール依存症になってしまう世代間連鎖が起こりやすいというもの。

実際に家族会の中でもこの世代間連鎖がある人も来ていて、その話も聞いていました。

私は子供達までこんな病気になってしまったらと思うと、

もうお先真っ暗だと思いました。

ネガティブな感情はまたさらにネガティブを呼ぶ。

「もう生きていてもしょうがない」

そんなことを思うまで、疲弊していたのです。

でもあの時、家を出て、思い切って実家に帰る選択をしなければ、どうなっていたのだろうと考えると、怖くなりました。

フルタイムの仕事、4人の子育て、家事、そして、病気の主人の対応、目まぐるしく過ぎていく中で、断酒会や家族会、勉強会に無理をして行っていた時もありました。

でもそこで得た情報や人との繋がりが、いざと言う時に役に立つし、無理して行っていてよかったのかもしれないと思いました。

私の場合は自分から進んで行っていたわけではなく、人に誘われて行っていました。

自分の耳に入ってくることは必要な事が入ってきているように思います。

別居を決意

動けなかった1ヶ月を過ぎた頃には、もう夏休みが終わる頃になっていました。

夏休みが終わると言うことは学校が始まる、子供たちは友達にも会いたいし、父親にも会いたがっている。

子供たちは父親のことは怖くないようで、父親を慕っているのです。

何せ、急にでてきたものだから、友達とお別れさえしてきていない。

どうしようかとかなり焦っていました。

別居するかどうかこの時点では決めかねていたからです。

ここでも精神保健福祉士の先生からとメールで相談し、とりあえず2週間ほど学校を休む連絡を学校にしました。

学校へは、私の体調不良で実家に帰ってきている、転校かどうかはまだ決めていないというような趣旨で、担任の先生にお話しました。

先生は

「2週間も学校を休むのは心配です。」

と言って頂きました。

学校からできることとして、

・10月の運動会で踊るダンス映像をメールで送り、実家で練習してもらうこと。

・学習のプリントは送ることができる

といってもらいました。

担任の先生も転校経験が何度かあるそうで、転校するなら早めに決断した方がいいと言われました。

夏休みが終わるタイミングになると、主人から

「帰ってきてほしい」

「もうそろそろええやろ、気が済んだやろ」

「俺だけが全部悪いと思うなよ」

「電話でろ!」

などなど、電話がかかってきていました。

明らかにおかしい主人の様子。

私は「アルコールの専門病院に入院するまで帰らない」当初からそう伝え続けていましたが、主人と主人の両親はほとぼりが覚めたら帰ってくるやろうと簡単に考えていたようで、この時も私の話など、一切聞いていませんでした。

「帰らない」

そう心で感じていました。

子供のことや親のこと、世間体などを考えると、帰ってまた一緒に生活した方が、転校もしなくて済むし、いいかもしれない。

また今までの私であれば、自分じゃない人たちのことを優先して、我慢して帰ったかもしれない。

でもこの先の将来を真剣に考えた時に、またあの生活に戻るのが、自分のため、家族のために本当にいいことなのか。

そして、最終的には私の心はどうなのか。どう感じているか。

「別居しよう」

この気持ちに素直になってみようと決めました。

なぜ離婚じゃなかったのかと言うと、子供たちが父親を慕っており、主人が本当に私たちに対する気持ちがあるのかどうか見るためです。

長期間5〜10年程かかるかもしれませんが、真剣に病気に向き合い、回復したい、また一緒に暮らしたい気持ちがあるのかどうか。

離婚は最終的に置いておこうと思いました。

そして、父と1歳の次男だけ連れて、話し合いに向かいました。今年の9月上旬でした。

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