アルコール依存症

アルコール依存症が分かるまでの道のり〜家出〜

アルコール依存症が分かるまでの道のり〜共依存とは〜→こちら

アルコール依存症が分かるまでの道のり〜断酒会、家族会との出会い〜→こちら

アルコール依存症が分かるまでの道のり〜断酒について〜→こちら

目次

・断酒した1年半の生活 いちお家事ができるようになり穏やかな生活に見えたが。。。

・アルコール依存症が簡単な病気じゃないと思った出来事 ただお酒をやめるだけではなく、生き方をそのもの変える必要があると痛感

・子供と連れて家を飛び出す ついに我慢の限界。。。

断酒した1年半の生活

主人が断酒して1年半、私は仕事にも復帰し、主人は家のことで出来ることをやってもらいながら生活をしていました。

今は断酒することが大事、仕事は無理しなくていいから家のことをやって欲しいと伝えていました。

これも精神保健福祉士の先生と月1回個人カウンセリングを受け、相談しながら進めていました。

具体的には、洗濯物

我が家は必要最小限の持ち物しか持っていないため、1日でも洗濯をしないと、足りないものが出てきてしまいます。

そのため、洗濯機は私が回し、その後、仕事に行っている間に主人に干してもらっていました。

でも、洗濯は回すところから主人に任せようと思い、

「明日から洗濯物よろしく」

と主人に投げました。

すると、

「嫌や」

まず主人はこう言います。自分の興味ないことはしたくない。

そして私もカチンとくる。

でも実際は仕事から帰宅すると洗濯物も干し、畳んであります。

もっと素直に物が言えないのか、そしたらみんな気持ちよく生活できるのに、なんどもそう思ったり、お願いすることすら億劫になることも何万回もありました。

しかし、やってもらわなければ、ただの家にいる物体。番犬にもならないただの物体になってしまう。

それは困る。なので、仕方なくお願いしていました。

先生から相手の言葉ではなく、行動を観察して行くように、(監視ではなく)言

われました。

おかげで、嫌だと言われても、洗濯物がしてあればまぁよしとしました。

夕食の準備や後片付け、子供とお風呂に入ったり、本を読んであげたりと、家族の一員としてやってもらっていたつもりでした。

しかし、私自身の何でもやってあげる体質から、主人が少しずつしんどいと言い、家事をサボり出すと、もともとお願いすることが億劫になっていた私は、また自分でほぼ全て家事をするようになっていました。

文句言われるくらいなら、自分でするわ!

主人は再び引きこもり、趣味ばかりやるようになったのです。

アルコール依存症が簡単な病気じゃないと思った出来事

そんな中の7月、久しぶりに外出した先で散髪屋に入った主人、車で待っていると、散髪屋から戻ってきた主人が

「なんかしんどい。心療内科行きたい」

と言い出しました。

なぜそうなったのか聞いても

「お前にはわからんやろ」

の一点張り。

アルコール依存症の人が飲む内服薬は普通の心療内科の先生ではわからないため、アルコール専門のクリニックに行くよう、再三進めても

「そこは嫌だ」と言い、結局、以前通っていた心療内科にいきました。

そこでは患者の言う通りの処方が出されました。安定剤の頓服やベースになる安定剤、眠剤などが処方されました。

そして今回も決まられた用量を守りませんでした。

不安時の頓服は次から次に口に運び、まるでラムネを食べている感覚でした。

テレビを見ながらパクリ。タバコ吸い終わったらパクリ。

そして意識がぼーっとするまで飲み続けました。それはまともに喋れないほど。ろれつも回らなくなっていました。

心療内科の薬を乱用し、ぼーっとなった主人は

「あぁ〜楽やわ。」

いよいよやばい。

私は思いました。

これが4人の子供がいる父親の姿か。。。

惨めでした。

そして以前心療内科の処方薬を飲んでいた時と明らかに違うことがありました。

それは心療内科の処方薬を飲み始めて1〜2週間目くらいには、

アルコールを飲んでいないのに、飲んだときと同じような状態になってしまったことです。

目はうつろで、フラフラしているのに運転しようとする。

イライラして暴言を吐く

ものを壊す。

強い眠剤を処方されているのに飲んでも眠れない。など。

主人は処方薬依存になっていたのです。

ただアルコールを我慢すればいいと言う問題ではない、アルコールや処方薬に頼らない、生き方そのものを180度変えないと未来はないんだと思いました。

私は7月の中旬あたりから目が離せなくなった主人に付き添っておくために、仕事も休みがちになっていたのでした。

依存症患者のペースに巻き込まれ、家族が仕事ができなくなったり、体調を壊すなどで、家族の生活自体がままならなくなる。

子供を連れて、家を飛び出す。

そんな状態で、何とか仕事に行き、帰ったある日、自宅のエアコンが破壊されていました。

床にはガラクタと飛び散った破片が。。。

仕事でクタクタになり、子供を保育所に迎えに行き、帰ったらこの有様。

主人に

「お前がさっさと修理出さんからこんなことになるんやろ」

といきなりキレられました。

効きが悪くなったエアコンを自分で触った後、カタカタ音がなるようになってしまい、それが気になって眠れないから、大元から修理してやろうと思ったのがうまくいかず、キレて破壊したと。

修理するからホームセンターに連れていけと。

材料買っても結果は一緒。イラつきが増すだけでした。

メーカーに聞くと修理代は15000円ほどでしたが、その修理代も惜しいほど、生活は圧迫していました。

このエアコン破壊事件の他にも、一晩中起きて、ブツブツ文句を言っていたり、茶碗やガラスが割れていたりしました。

夜中に独り言を言うので怖くて眠れませんでした。

明らかに様子がおかしい主人の様子にもう我慢の限界でした。

7月末、夜中にブツブツ文句を言っている主人に、目が覚めた私は「もう無理。一緒に生活できない」そう言って、子供達と自分のカバンひとつ持って、家を飛び出しました。

車中で眠る子供達の顔を見ながら申し訳なさで涙が止まりませんでした。

これからどうして行くのか、どうしたらいいのか考えることもできなくなっていました。

-アルコール依存症

Copyright© たけこの部屋 , 2020 All Rights Reserved.